中谷潤人

中谷潤人はなぜ苦戦したのか?Sバンタム級の「壁」と3つの誤算。井上尚弥戦への現在地【徹底観戦記】

2025年12月27日

2025年12月27日、サウジアラビア・リヤドの地で、世界中のボクシングファンが固唾をのんで見守った一戦。
「ネクスト・モンスター」中谷潤人のスーパーバンタム級(Sバンタム級)転向初戦は、多くのファンの予想を裏切る、冷や汗の出るような「苦闘」となりました。

相手はメキシコの無敗ファイター、セバスチャン・エルナンデス。
結果は3-0の判定勝利(118-110, 115-113, 115-113)。
スコアカードだけを見れば「勝利」ですが、リングを降りた中谷の顔面、特に大きく腫れ上がった右目は、この試合がいかに過酷であったかを無言のうちに物語っていました。

なぜ、PFP(パウンド・フォー・パウンド)常連の天才サウスポーは、世界的には無名に近い相手にここまで苦しめられたのか?
現地映像と解説陣の言葉、そして過去のデータから、この試合に隠された「3つの誤算」と、それでも見えた「希望」を徹底解剖します。

スポンサーリンク

序盤の幻想:あまりにも美しすぎた「中谷距離」

試合開始のゴングとともに見せた中谷の立ち上がりは、まさに芸術的でした。
身長172cm、リーチ170cm。対するエルナンデスは身長163cm(公称)。

1ラウンドから3ラウンドにかけて、中谷はSバンタム級でも変わらぬ「制空権」を誇示していました。
エルナンデスが踏み込もうとする瞬間に合わせる、見えない角度からの右ジャブ。そして、相手のガードを縫うように突き上げられるロングレンジの左アッパー。

「やっぱり中谷はモノが違う」
「このまま中盤にはKOだろう」

解説席の飯田覚士氏が「中谷選手の方が目線が高く、完全に距離を支配している」と語った通り、画面越しの私たちもそう確信していました。
しかし、これこそが罠でした。中谷のパンチは「当たって」はいましたが、エルナンデスを「止めて」はいなかったのです。

誤算①:Sバンタム級の「耐久力」は想定を超えていた

最大の誤算は、シンプルながら残酷な事実。「相手が倒れない」ことでした。

バンタム級時代の中谷であれば、あのタイミングで左アッパーが入れば、相手は腰を落とすか、少なくとも警戒して足を止めていたはずです。
しかし、エルナンデスは被弾しても、まるで何事もなかったかのように表情一つ変えず、ゾンビのように前進を続けました。

「前の階級なら倒れていたと思う」

試合後のリング上で、中谷自身がこぼしたこの言葉がすべてです。
わずか1.8kgの増量。しかし、ボクシングにおけるこの数字は、骨格(フレーム)の厚みと直結します。
首の太さ、体幹の強さ。Sバンタム級の世界ランカークラスともなると、バンタム級の常識的な「効かせ方」では通用しない。
中谷の「ドスン」という重いパンチ音に対し、エルナンデスは壁のようなフィジカルでそれを吸収し続けました。

スポンサーリンク

誤算②:テストマッチの代償。「地獄の接近戦」を選択した謎

試合中盤、4ラウンドあたりから流れが怪しくなります。
中谷が距離を取るアウトボクシングから、あえて足を止めて近距離での打ち合い(インファイト)に応じる場面が増えたのです。

これに対し、元世界王者・長谷川穂積氏は鋭い指摘をしました。

長谷川穂積氏の指摘:
「接近戦が得意な相手に、一緒になって打ち合ってどうなのかを試しているのではないか。ただ、それによって相手の長所を引き出してしまった」

中谷陣営、あるいは中谷本人の頭の中に、「Sバンタム級でのフィジカル勝負をテストしておきたい」という色気があったのかもしれません。
しかし、相手はメキシカン。回転力のある連打と、打たれ強さを武器にするファイターにとって、接近戦は「最も望む土俵」です。

本来ならフットワークでいなすべき相手に、真っ向から押し合いを挑んでしまったこと。
これが被弾を増やし、顔面を腫らす要因となりました。自分から相手の土俵に上がり、結果として「泥仕合」に引きずり込まれてしまったのです。

誤算③:見落とされていた「被弾」のリスク管理

今回、特に気になったのは中谷のディフェンス面です。
攻撃的な姿勢は評価できますが、打ち終わりや、相手が入ってくる瞬間の「被弾」が目立ちました。

バンタム級では、相手のパンチが届かない位置にいるか、あるいはパンチ力でねじ伏せていたため、多少の被弾は問題になりませんでした。
しかし、階級が上がり相手のパンチ力も増した今、一発の被弾が命取りになります。

エルナンデスの右ストレートや返しのフックが、中谷の顔面を捉えるシーンが何度もありました。もしこれが、井上尚弥のパンチだったら? あるいはSバンタム級のハードパンチャー、ムロジョン・アフマダリエフだったら?
そう考えると、背筋が凍るような危うさが露呈した試合でもありました。

スポンサーリンク

それでも「勝利」を手にした価値:薄氷の判定がもたらす財産

ここまで厳しい見方をしましたが、ポジティブな要素がないわけではありません。
むしろ、この苦戦こそが、中谷潤人を「完成」させるためのラストピースになる可能性があります。

1. 崩れなかったメンタル

顔面が腫れ、相手が止まらないという恐怖感の中でも、中谷は最後まで心を折りませんでした。
最終10ラウンド、疲れが見える中でもパンチをまとめ、明確にポイントを取りに行った姿勢。これはKO勝利ばかりのキャリアでは得られない、「苦しい時間を耐え抜く」経験値です。

2. 「階級の壁」を肌感覚で理解した

練習やスパーリングではなく、本番のリングで「Sバンタムのフィジカル」を体感できたことは大きいです。
井上尚弥戦が決まってからこれを知るのでは遅すぎます。今、このタイミングで「フィジカル強化が必要だ」と陣営全員が痛感できたことは、長期的に見ればプラスしかありません。

3. 判定論争への耐性

スコアは115-113という僅差が2名。
解説の飯田氏が「ドローでもおかしくなかった。手数を取るか、有効打を取るかで割れる内容」と評したように、際どい判定でした。
こうした「すっきりしない勝利」を経験し、世間の評価にさらされることも、スーパースターになるための通過儀礼です。

井上尚弥との距離:2026年決戦へのシナリオ修正

ファンが最も知りたいのは、「これで井上尚弥に勝てるのか?」という点でしょう。
結論から言えば、「今のままでは、勝率は極めて低い」と言わざるを得ません。

井上尚弥がSバンタム級初戦でスティーブン・フルトンを圧倒し、TKOで粉砕したあのパフォーマンスと比較すると、今回の中谷潤人のパフォーマンスには明らかな「適応不足」が見られました。
井上尚弥の踏み込みのスピード、そして一撃の破壊力は、エルナンデスの比ではありません。今回のような不用意な接近戦や被弾があれば、試合は早いラウンドで終わってしまうでしょう。

しかし、だからこそ面白いとも言えます。
「中谷潤人なら井上尚弥に勝てるかもしれない」という幻想が一度崩れ、「チャレンジャー」としての立場が明確になりました。

  • フィジカルのビルドアップ
  • Sバンタム級での距離感の修正(あと半歩遠く、かつ強いパンチを打てる位置)
  • 不要な被弾を避けるディフェンス意識

これらを改善する猶予は、まだ1年あります。
中谷潤人は修正能力の高いボクサーです。次の試合、彼がどのような体つき、どのようなスタイルでリングに帰ってくるか。その「進化」の度合いこそが、井上尚弥戦の勝敗を占う本当の指標になるはずです。

まとめ:中谷潤人の「第2章」がここから始まる

顔面を大きく腫らしての判定勝利。
それは、これまで「天才」の名のもとにスムーズに階段を駆け上がってきた中谷潤人が、初めてぶつかった「現実の壁」でした。

しかし、歴史に残る名王者は皆、こうした苦闘を糧に強くなってきました。
Sバンタム級という魔境の洗礼を浴びたネクスト・モンスター。
「KOできなくてすみません」と苦笑いしたその奥で、彼は既に次なる進化への青写真を描いているに違いありません。

次戦、真価が問われる復帰戦に期待しましょう。

 

▼中谷潤人の“本当の強さ”を総まとめで確認する

中谷潤人とは何者か?強さの本質と武器を完全解説

 


ボクシングランキング

にほんブログ村 格闘技ブログ ボクシングへ
にほんブログ村


-中谷潤人