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なぜクロフォードは「ブーツ」エニスと戦わなかったのか?逃げたと言われる理由とビジネス的な正解

 

テレンス・クロフォードというボクサーのキャリアは、ほぼ完璧な円を描いて閉じられました。

42戦全勝(31KO)。ライト級からスーパーミドル級までを制覇し、史上初となる2階級での4団体統一を成し遂げ、最後は現代ボクシングの「顔」であるカネロ・アルバレスをも完封してみせました。

しかし、その輝かしいトロフィーのコレクションの中に、たった一つだけ、ボクシングファンの心に引っかかり続ける「不在の名前」があります。

ジャロン・“ブーツ”・エニス(Jaron "Boots" Ennis)。

ウェルター級において「クロフォードの王座を脅かす唯一の存在」と目されていた若き怪物。クロフォードは彼との対戦を避け、カネロ戦を選び、そして引退しました。

SNSやYouTubeのコメント欄では、今でも「クロフォードはブーツから逃げた」「晩節を汚した」という厳しい声が散見されます。
果たして、彼は本当に逃げたのでしょうか?そして、その選択は「王者として」正しかったのでしょうか?

本記事では、この実現しなかった「幻のドリームマッチ」について、感情論を排し、ボクシングビジネスの構造、年齢的な限界、そしてレガシー(遺産)の観点から、その真意を徹底的に考察します。

【理由1】ボクシングビジネスの冷徹な真実

プロボクシングは、リング上の殴り合いである以前に、巨額のマネーが動く「ビジネス」です。そしてクロフォードは、キャリアの最終盤において、極めて優秀なビジネスマン(CEO)として振る舞いました。

エニスと戦わなかった最大の理由は、単純明快な「リスク・リワード(危険度と報酬)の不均衡」にあります。

「ブーツ」エニスの商品価値と危険度

ジャロン・エニスは、コアなボクシングファンの間では「PFP級の才能」「未来の支配者」として知られていますが、引退直前のクロフォードの視点(=ビジネス視点)では、以下のような存在でした。

  • 実力(リスク):Sランク
    スイッチヒッターであり、ハンドスピード、パワー、ディフェンス勘の全てが異常。クロフォードが負ける、あるいは「老い」を晒されるリスクが極めて高い相手でした。
  • 知名度(リワード):Bランク
    実力に対して、一般層(PPVを購入するライト層)への知名度はまだ発展途上。彼と戦っても、数千万ドル(数十億円)規模のファイトマネーは保証されません。

「ハイリスク・ローリターン」の罠

もしクロフォードがエニスと戦った場合、どうなるでしょうか。

勝っても「若造を退けただけ」と言われ、評価は劇的には上がりません(彼はすでにPFP1位だったからです)。
しかし、もし負ければ、これまで築き上げた「全勝・最強」のブランドが一瞬で崩壊し、商品価値は暴落します。

一方、カネロ・アルバレス戦はどうでしょうか。
戦うだけで巨額の報酬が保証され、勝てば「神」になり、負けても「3階級上の相手だから仕方ない」という言い訳が成立します。
あなたがクロフォードのマネージャーなら、どちらの契約書にサインさせるでしょうか?答えは明白です。

【理由2】IBFタイトル剥奪事件の真相

エニス戦回避を決定づけた出来事が、2023年末から2024年にかけて起きた「IBF王座剥奪」の一件です。

当時、ウェルター級4団体統一王者だったクロフォードに対し、IBF(国際ボクシング連盟)は指名挑戦者であるジャロン・エニスとの対戦を指令しました。しかし、クロフォードはエロール・スペンスJr.との再戦条項(後に消滅)などを理由に応じず、IBFはクロフォードの王座を剥奪。エニスを正規王者に昇格させました。

「ベルトなんて俺には必要ない」

この時、クロフォードが放った言葉が彼のスタンスを象徴しています。

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「俺はすでに4団体を統一した。これ以上、誰かに証明するためにベルトを集める必要はない。これからは『テレンス・クロフォード』という名前自体がベルト以上の価値を持つんだ」

彼は、団体のルールに縛られて「稼げない危険な相手」と戦うステージを卒業し、自分が主導権を握れる「スーパーファイト」だけを選ぶ特権階級に移行していたのです。

【理由3】38歳という年齢と「生物学的限界」

私たちは忘れがちですが、引退時のクロフォードは38歳でした。
軽量級〜中量級のボクサーにとって、30代後半は「神の領域」から転落してもおかしくない危険な年齢です。

全盛期のズレと「待ち時間」の欠如

ジャロン・エニスは20代後半、まさに身体能力のピークを迎えようとしていました。
一方のクロフォードは、技術と経験でカバーしているものの、反射神経や回復力は確実に低下していたはずです。

「新旧交代劇」はボクシングの醍醐味ですが、レジェンド側からすれば「自分が踏み台になる」義理はありません。
もしエニスがすでにカネロのようなスターであれば戦ったでしょうが、エニスがそこまで育つのを「待つ」時間は、38歳のクロフォードには残されていませんでした。

「今すぐ一番デカい花火を打ち上げる」。そのためには、成長待ちのエニスではなく、既に完成された巨大ブランドであるカネロを選ぶのが、キャリア戦略として唯一の正解でした。

【考察】もし戦っていたらどうなっていたか?

ここからは純粋なボクシングファンの妄想です。
もし、万全の状態でクロフォードvsエニスが実現していたら、どのような試合展開になったでしょうか。

技術戦か、世代交代か

多くの専門家は、序盤は互角の技術戦になると予想します。どちらもスイッチヒッターであり、距離感の支配争いは極めて高度なものになったでしょう。

しかし、後半にかけて「若さ」が出る可能性がありました。エニスの止まらない手数と運動量が、クロフォードのスタミナを削り、判定、あるいは後半TKOでエニスが「王座交代」を告げる…。そんなシナリオも十分にあり得ました。

クロフォード自身も、その可能性(自分の衰えと相手の勢い)を誰よりも冷静に分析していたからこそ、このギャンブルを避けたのかもしれません。

結論:戦わなかったからこそ、伝説は守られた

歴史に「たられば」はありませんが、クロフォードはエニスと戦わず、カネロに勝つことで「無敗のまま、世界最強の称号を持って去る」ことに成功しました。

フロイド・メイウェザーもかつて、危険すぎるポール・ウィリアムスやアントニオ・マルガリートを避け、自分に有利なマッチメイクで無敗を守り抜きました。
クロフォードもまた、偉大な先人の教えに倣い、「勇気」よりも「賢さ」を選んだのです。

エニスにとっては不満でしょうが、これで「クロフォードを超えられなかった」という事実が残り続ける限り、彼は永遠にクロフォードの幻影と戦い続けることになります。

それこそが、クロフォードが残した最後の、そして最大の「意地悪」であり、勝者だけが許される特権なのかもしれません。

10年後、ボクシングの殿堂に彼の名前が刻まれる時、プレートにはこう記されます。
「テレンス・クロフォード。2階級で4団体を統一し、カネロを破って無敗で引退した史上最高のボクサー」。
そこに「エニスと戦わなかった」という注釈は、おそらく小さな文字でしか書かれないのです。

 

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