「天才」という言葉は、その分野で活躍している人間に対して、枕詞のように使われます。野球の天才「イチロー」サッカーの天才「リオネル・メッシ」将棋の天才「羽生善治」などなど。
ボクシング界も例外ではなく、「100年に一人の天才・具志堅用高」、「150年に一人の天才・大橋秀行」、さらにそれ以上の「200年に一人の天才・亀田昭雄」などがいます。
海外に目を向ければもっといるでしょう。ナジーム・ハメドやメイウェザー、ロイ・ジョーンズなんかが、天才と形容するにふさわしいかなと思います。
現在日本ボクシング界で、「天才」と言われれば誰を指すか?ボクシングファンならずとも、井上尚弥の名前を挙げる方が多いでしょう。
ボクシング界の「天才」とは、すなわち「最強」。井上尚弥がなぜ天才と呼ばれるのか、今回はその理由を探っていきたいと思います。
井上尚弥の負ける姿が想像できない
井上選手の試合を見ていて、「もしかしたら負けるかもしれない」というシーンを見たことがあるでしょうか?
勝てるとは思うが、KOは出来ないんじゃないかと言われたオマール・ナルバエス戦、身長差にある程度苦しむのではと思われたジェイミー・マクドネル戦。
そのすべてにおいて、周囲の声を完全に一蹴。楽勝で終わらせました。
マクドネル、そして次戦WBSS初戦となる対ファン・カルロス・パヤノ戦の予想に関する記事も多々出てはいますが、全て井上勝利。日本人なので、井上勝利にかけるのも当たり前といえばそうですが、なんといっても彼の実力の天井が見えないのです。
細かい点を見ていくと、ストレートと同等の威力があるんじゃないかと思えるような左ジャブ。ガードの上からでも、かすっても効く右ストレートと左フック。
相手の懐から、すぐに射程圏外へ離れることの出来るバックステップ。相手が高身長でもすぐに懐に入り込める一瞬の踏込の鋭さと、度胸。
井上尚弥の欠点が見つからないのです。その強さは特にナルバエス戦から露骨に見え始めました。
唯一の敵と言えば減量でした。初の世界挑戦の時は、減量の影響で足がつってしまい苦しんだ経験が。
あとはオーバーワークで腰を痛めたりと、自身のコントロールにまだ改善の余地がありました。
スーパーフライ級に挙げてからは減量の影響も薄れ、より「天才」っぷりが見えるようになってきますが、まだ本来のモンスター井上尚弥の姿にはまだ遠い。
年々パワーアップしている井上尚弥は、スーパーフライ級でも減量苦と戦う事となります。
またその減量苦で、自身の拳も痛めて長期離脱を余儀なくされた経験もあります。減量の影響で骨の骨密度が減り、もともとパンチ力のある井上尚弥は自身でその拳を痛めてしまいます。
なのでもう減量が限界で、バンタム級に階級を上げる事を決意しました。
バンタム級に上げ、減量苦から解放された対ジェイミー・マクドネル戦では、会場にいた他日本王者があきれるくらいの強さ。
ボクシング素人でも「天才」だと分かります。これは、私もLIVEで観てましたが、ホントにホントに驚きました。ちなみにバンタム級初戦が世界戦というのもすごいです。
ついに「Monster」の開花か!!
亀田和毅と比較しても仕方ありませんが、和毅はマクドネルに2度判定負け、そのジェイミー・マクドネルに対し、井上尚弥がたったの1ラウンドでTKO勝利という形で勝負をつける。
末恐ろしい男、「The Monster」井上尚弥です。
井上尚弥は独特の距離間を持っている?
井上選手の「距離感」に関する考え方が非常に面白いと思ったことがあります。
ボクシングに限らず、対人格闘技・武道では相手との「距離感」が大事です。理想の距離は、相手の攻撃の射程圏外にいつつも、自分の攻撃が当たる距離。
よく「自分の距離で戦え」と言われますが、正直試合をしているボクサーにとってはよく分かりません。スパーリングでさえよく分かりません。
ゆえにガードやウィービングなどディフェンス技術を鍛え、クリーンヒットを防ぐのです。井上選手はクリーンヒットどころか、目立った被弾すら記憶にありません。いつも試合後は綺麗な顔をしていますしね。
井上選手はまず1ラウンド、相手と若干距離を取りつつ思い切り伸ばした左ジャブを打ちます。それが当たれば、その距離を保ちつつ戦います。距離をつぶされればバックステップ、離れられればインステップし、なるべく同じ距離を保つ。
簡単に言いますが、まず無理です。普通では。これが話されたのは、田中恒成選手との対談だったのですが、田中選手ですら「距離感が分からない」と言っていました。
打たせずに打つは、対人格闘技の究極だとされていますが、井上選手はまさにそれを体現していますね。
幼少期の頃から、父と「打たせずに打つ」事を念頭においてトレーニングしてます。まず一番初めに、ディフェンス面から、基本から徹底的に叩き込まれました。小学生の頃からです。そのおかげで、井上尚弥はパンチをほとんどもらいません。
そしてそれを世界戦のリングで行う井上尚弥、天才です。
突出した体幹の強さ
井上選手のフィジカル面。彼の強さは、体幹の強さから来ています。意外にも、握力、柔軟性、瞬発力は、一般男性と比べて同等か、乃至はそれ以下。
身体能力もそれほど優れていたものではないらしく、学生時代も特別他の競技で足が速かったとかはない。
やはり体幹というのは重要です。体幹と言うのは、読んで字のごとく体の幹となる部分。腕や足を枝と例えるなら、胴体の部分、つまり幹です。
力の起点となる体幹が強ければ、必然的に出るパンチ、ステップも鋭くなります。これは、井上選手のお父さんがやらせている、軽トラックを押すトレーニングのたまものかもしれません。
ゆるい傾斜のある坂を利用して軽トラを推すトレーニングなのですが、たまにお父さんがブレーキをかけて負荷を上げるとの事。
身体全体を使わないとこなせません。フック系のパンチは概してバランスを崩しやすいものなのですが、そのようなシーンはあまり見たことがない。これぞ体幹のおかげなのです。
強者に挑戦するメンタル
井上選手が出場するWBSS。世界王者を含めたランキング15位までの選手が出れるトーナメントです。
関連記事:WBSSボクシングバンタム級が開催予定!選手や優勝賞金や日程は?
なぜ井上選手はそれに出るのかと言うと、強いものと戦い、己の強さを証明するためです。
制覇したライトフライ級、スーパーフライ級ではそれが出来ませんでした。あまりの強さゆえ、対戦相手が逃げてしまいました・・
最大のライバルとされたロマゴンもシーサケットに負けを喫し市場価値を失い、カリッド・ヤファイ、シーサケット、アンカハスとの統一戦も叶いませんでした。
そんな井上にとってWBSSはまさに渡りに船。対戦相手が誰でも逃げることの出来ないトーナメント制は、井上がこれまで苦しめられてきた対戦相手が決まらないという事をなくしてくれます。
チャンピオンという立場でありながら、貪欲に強い者を求め戦う姿は、多くのボクシングファンの心をつかみます。
「天才」というカテゴリーからは少し離れるかもしれませんが、天才ボクサーには必須なメンタリティです。
まとめ
以上、井上選手が天才と呼ばれる所以に関して、書かせていただきました。技術に関してよりも、彼の考え方や、ボクシングに対する態度などにスポットライトを当ててみました。
冒頭に書かせていただいたイチロー、羽生善治などは、それぞれの分野において独特の世界を持っています。
井上選手もまさにそれ。距離感などに独特の世界観を持ち、ボクサーとしての強さを追及するその姿勢は他の追随を許しません。
これからさらに天才と呼ばれるでしょう。ファン・カルロス・パヤノ戦で、さらに天才ぶりを発揮してほしいところです。
おわり